軽やかな来年を迎える前に

(今日は少しディープなお話をさせていただきます(*^^*))


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父が他界した時、私は高校生でした。


あまりにも多忙な上に、父は厳しかったので、甘えたことも心打ち解けて話しをしたことも、今考えるとなかった気がします。



家族で旅行する事もほとんどありませんでした。



一度だけ家族旅行を楽しみにしていた朝、患者さんから花火が目に入ったと自宅に連絡があり、旅行は中止。

(父は眼科医でした)

そんな父が私は好きでした。



以前、毎月書いていた新聞のコラムにその事を載せたら、中年の読者の男性からあなたはひどいファザコンと言われ笑、それからあまり父を通して教えてもらった話はできなくなりました。笑


けれどももう時効かなと思います。


今回だけ自分のために、そして大切な方達のために綴ります。



父が突然倒れ、救急車で運ばれ、偶然にも友人の先生が手術を担当して下さいました。



私が病院に駆けつけた時は、1階の玄関から3階迄、父を慕ってくださる方達で溢れ、階段が塞がっていました。



長い手術が終わり、

先生に呼ばれ、期待する私と母に、

"生きてもこれからは植物人間です。。"

と唐突に言われて、お部屋を出てから倒れてしまったことを覚えています。



それからは、学校の帰りに毎日制服で父に会いに行きました。


日当たりのよい個室。


酸素テントの中の意識のない父には絶対に触れては行けないとみんなに言われたけれど ある日そっと手を握りしめてみました。



元気な時、私は父といるといつも少し緊張していたから、一度もそんな事をしたことはなかったのです。



"パパどうしてこんなになっちゃったの?"


と手をそっと握りながら呟いてしまいました。



すると昏睡状態の父の目から涙が溢れ、私の手を握りかえしてくれました。


私も涙で前が見えなくなりました。

意識がなくても全てわかっているのだと、この時に理解しました。



三週間も経つ頃、父のバースデーが近づいていました。


自分で働いたお金で何かプレゼントしたい。。。


とは言え、何でも体験したがる危険な私にアルバイトなんて絶対禁止。

(爆弾を抱えた子と呼ばれていました)


唯一、許された父の病院での一週間のアルバイト。


その時にもらったお金を握りしめて、パールのネクタイピンを買いました。



早くその日が来ないかな。


いよいよ明日は父のお誕生日。



赤いリボンで結ばれた小さな箱を何度も見つめてはその日を待ち侘びて。


パパにありがとうって言おう。

伝えた事がないから。。




なのにお誕生日を迎える前日に父は昇天してしまいました。



どうしてもっとたくさんお話できなかったんだろう



あの言葉の意味をなぜ聞かなかったのかしら



私の記憶の中で初めての

深い後悔。



ずっとずっとずっと何年も後悔しました。



やがて大人になり、自分で仕事を始めて、たくさんの方とお会いし握手をして別れる日々がやって来て。。。



父を失ってから、二度と同じ思いをしたくないから、初めて会った方にも、伝えたい事を言葉にできるようになりました。



今、もし父が生きていたら。

いつでも会えるからと、きっと感謝もなくタメ口で普通に過ごしていたと思います笑



失うものがあれば得られるものもあります。



偉大な存在はどんな形であっても、亡くなった後からも、たくさんの貴重な学びを与えてくれたりします。



もしもあなたが大切な方を失ったなら。。

(生きていながらもう会えなくなった人がいる場合も)



あなたにたくさんのギフトを残してくれているはずです。



わざと反省させて気づかせてくれたり。


自分の闇を引き出してくれることで、光に変換できたり。



それらは後にあなたが今よりもっとこれから幸せを感じられるように、成長できるように導いてくれているのかもしれません。



尊敬する師はいつも言います。


何か起きたら


良いも悪いもなく。


"これは何を学ぶために起きたのかな。。"


ただその言葉を自分に向けて問いかけてみる。 


それ以上、深く考えたり答えを出そうとしなくて良いから。。



頭の悪い私は


"これは何を学ぶために起きているのかな?"


と毎日連発しています笑



来年を軽やかに迎える前に

今日だけ少しディープなお話をさせていただきました。



もうすぐクリスマス。 


あなたのまっすぐな素敵な想いが、大切なご家族やご友人、そして胸がキュンとなる大切な方に届きますように☆☆



最後まで読んで下さりありがとうございました🙏💓